全産業が「レベル5」に向かう時代、AI活用でビジネスをどうデザインするか

Client
SOMPO Light Vortex 株式会社
Business
デジタル技術を活用した商品・サービスの企画、開発、販売
URL
https://lightvortex.com/
Keyword
  • モビリティデータ分析
  • 1981年三菱商事入社。ICT関連事業に携わった後、2000年から米シリコンバレーを中心に複数のスタートアップ企業で、CEOやCOOなどを務める。2016年、SOMPOホールディングスに入社し、グループCDO 執行役員、2019年Palantir Technologies Japanの代表取締役CEO(現任)、2021年グループCDO 執行役専務およびデジタル事業ユニットオーナー・最高責任者、同年7月SOMPO Light VortexのCEO就任。2022年4月より現職。

  • 東京大学大学院工学系研究科卒(工学博士)。松尾研究室で金融工学における深層学習の応用研究に従事。Forbes 30 Under 30 Asia 2022 Enterprise Technology部門に選出。2017年、「アルゴリズムで社会はもっとシンプルになる」というビジョンを掲げACESを創業。アカデミアと事業の接合を意識し、会社を経営しながら自らも博士号を3年で取得した。AIアルゴリズムを前提にした働き方・産業はどのような姿かという問いを立て、AIの社会実装を率いる。

※本記事は、2022年10月28日に公開されたDIAMOND ハーバード・ビジネス・レビューの記事を転載したものです。

新たな事業ユニットとして、デジタル事業を立ち上げたSOMPOホールディングス。デジタル事業の運営主体となるのが新会社SOMPO Light Vortexであり、そのパートナーとして選ばれたのが、ディープラーニング(深層学習)研究の第一人者である東京大学・松尾豊教授の研究室から生まれたスタートアップ、ACES(エーシーズ)である。

両社は、「AI×データ」によってどのような変革を起こし、どんな価値を社会に提供していくのか。さらには、制度疲労を起こした日本の経営システムが、「AI×データ」によってどうアップデートされていくと考えているのか。

SOMPOホールディングス デジタル事業オーナー 執行役専務で、SOMPO Light VortexのCEOでもある楢崎浩一氏と、ACES代表取締役の田村浩一郎氏に聞いた。

「横のデジタル」から「縦のデジタル」へ

――SOMPOホールディングス(HD)では、デジタル事業会社として2021年7月、SOMPO Light Vortex(以下SLV)を設立され、楢崎さんがCEOに就任されました。SLVを立ち上げた狙いについて教えてください。

楢崎 私は、2016年にグループCDO(最高デジタル責任者)としてSOMPO HDに入社しました。SOMPO HDには、国内損保、国内生保、海外保険、介護・ヘルスケアなどの事業ユニットがあり、これらの事業にデジタルで横串を通すのが、グループCDOの役割です。

 言わば、各事業オーナーがドライバーで、助手席にいてナビゲーションしたり、補佐したりしながら、デジタルによる既存事業の変革を一緒に進めていくのが私の役目でした。この「横のデジタル」を6年間、推進してきました。現在、日本企業のDX(デジタル・トランスフォーメーション)のほとんどは、この横のデジタルに取り組んでいる段階だと思います。

 一方、私は米シリコンバレーを中心に16年間、スタートアップの設立や経営に携わってきました。新しい事業をつくるのが好きですし、得意だと思っています。それを櫻田(謙悟SOMPO HDグループCEO)もわかっていて、「(横のデジタルだけでなく)自分でもハンドルを握りたいだろう」と言われ、私は「ぜひ、やらせてください」と答えました。

 横のデジタルに対して、デジタルを使って新しいビジネスモデルをつくり、それを社会に実装して、収益を上げる。これを私たちは「縦のデジタル」と呼んでいます。この縦のデジタルを実行するために2021年4月、デジタル事業という新たな事業ユニットを立ち上げ、私が事業オーナーに就任しました。

 いまはデジタル事業をグループの柱に育てるのが私のミッションです。グループの経営管理母体であるSOMPO HDの中で縦のデジタルを進めるのは難しいので、SLVというデジタル事業の運営主体を別会社として立ち上げたというわけです。

 実はSLVを設立する前から、ACESさんにはデジタルによる価値創出を手伝ってもらっていました。その一つが、事故車をリユース・リサイクル事業者に売却するB2Bのオークション事業です。自動車の査定などでACESさんのAI(人工知能)技術を活用しています。このB2Bオークション事業は、SLV子会社のSOMPOオークスが運営していますが、想定以上にうまくいっています。

田村 横のデジタルとは、既存のバリューチェーンやビジネスプロセスをデジタルでどう改善するかということで、もちろんそれは大事なのですが、根本的な変革を生み出すのは、縦のデジタルだと思います。

 縦のデジタルは新たな事業をつくることですから、その事業によって「こういう未来をつくろう」というビジョンを明確に描く必要があり、そのうえでビジョンを実現するためにデジタルやAIをどう活用するかをデザインすることが重要です。それをACESでは「AIバリューデザイン」と呼んでおり、そこに我々のコアコンピタンスがあります。

 楢崎さんやSLVの皆さんもまさに私たちと同じ考え方で、未来はこうあるべきという点から縦のデジタルをスタートされている。そういう点に共鳴できたのが、SOMPO HDさんとの協業を始めた理由です。

 別会社として設立されたSLVは、我々と同じスタートアップであり、SOMPO HDという大企業のリソースをうまく使いながらも、意思決定は非常にスピーディですし、一人ひとりが「よし、自分がやろう」というメンタリティを持って、事業を推進していらっしゃる。そういう会社とご縁があったのは、とても幸運だと思っています。

リアルデータのプラットフォーマーを目指す

――グループ内外のリアルデータを活用して社会に対して新たな価値提供を目指すSOMPO HDの「リアルデータプラットフォーム」(RDP)とSLVの事業は、どのような関係にあるのでしょうか。

楢崎 ネット上のバーチャルなデータは、GAFAを中心としたプラットフォーマーが握っていますが、私たちは彼らにはない人の健康に関するデータ、介護現場のデータ、事故のデータといった、事業や現場に根ざしたリアルなデータを大量に持っています。

 このリアルデータの宝庫を活用して、企業ミッションである「安心・安全・健康のテーマパークをつくる」のがRDPです。RDPの開発はさまざまなパートナーと共同で行っており、データ解析大手の米パランティア・テクノロジーズのソフトウェアを活用しています。

 RDPの実例を一つ挙げると、介護RDPがあります。グループ会社のSOMPOケアは、施設介護と訪問介護で約8万人を介護しており、国内では最大規模です。約2万5000人の施設入居者の方々には、IoTベッドを使用していただいており、寝ている間に心拍や呼吸などのバイタル(生体)データを取得できます。そのほか、食事や入浴などの介護記録もデジタルデータとして蓄積しており、これらのリアルデータを解析することで、介護の効率が約3割もアップしました。

 可視化したデータを用いて経験の浅い介護職員でもベテランのような高品質なサービスを提供できるようにしたり、要介護者の健康状態を予測することで病気の悪化を防いだりしています。

 このような、「見える介護」「匠を仕組みに」「予測する介護」が、介護RDPの価値であり、SOMPOケア以外の介護事業者にも活用していただくことで、介護のベストプラクティスを社会実装していきます。

 RDPがもたらす価値を社会実装するうえで、キープレーヤーの役割を担うのが、SLVです。

田村 SOMPO HDはリアルデータを使ってどんな未来をつくりたいのか、社会にどのようなインパクト(よい影響)を与えたいのかというビジョンがとても明確で、その点には我々も非常に共感できます。

 ACESは、「アルゴリズムで社会はもっとシンプルになる」というビジョンを掲げているのですが、SOMPO HDのビジョンと共通する部分が多いというのが私の印象です。だからこそ、ACESとSLVの協業が長期視点での資本業務提携という関係に発展したのです。

――ACESをパートナーに選定する決め手となったのは何ですか。

楢崎 RDPによる価値創出の注力領域の一つに、モビリティがあります。先ほど申し上げたB2Bオークション事業もモビリティ領域における取り組みの一つです。

 B2Bオークション事業を成長させるうえで、車両損傷認識技術がカギになると考え、複数のAIベンダーからヒアリングを行いました。私たちの事業構想に対する理解が深く、短期間のプロジェクトで損傷認識精度の向上を実現したことから、ACESさんをパートナーに選びました。

 その後、協業を進める中でACESさんの実力を検証できたので、資本業務提携に至ったということです。

田村 先述した通り、AIバリューデザインが当社のコアコンピタンスです。現状の延長ではなく、テクノロジーが発達した未来におけるあるべきビジョンや勝ちパターンを描き、そこからバックキャスティングして具体的なロードマップに落とし込む構想力が、当社の最大の強みだと考えています。

 ACESは東京大学・松尾豊研究室発のスタートアップとして、多数のAI研究者、AIエンジニアを抱えています。世界のAI技術の最先端を理解し、それを正しく活用できる力があります。いまのAIに何ができて何ができないか、何年後に何ができるようになるか。そうした知見をSLVさんが目指すビジョンや事業構想とひも付けて、実現へのロードマップの解像度を高めることができます。

 特にディープラーニングを活用して映像・音声・言語などの非構造データを、解析しやすい構造化データに変換する技術は、世界で戦えるレベルにあると自負しています。

楢崎 当社に限らずリアルデータを豊富に持っている日本企業はありますが、その多くが非構造データで、保管場所や保存形式がばらばらなため、活用されていません。それを構造化データとして活用するためのブレークスルーを起こしたのが、ディープラーニングであり、RDPによる価値創出を最大化するために必須の技術だと考えています。

田村 もう一つ、ACESでは自社で開発したアルゴリズムをモジュール化して、目的に応じてレゴブロックのように自由に組み合わせて提供できるよう資産化しています。これによって、他社には実現できないスピード感での技術検証が可能になっています。

ばらばらだったデータの価値をAIによって止揚する

田村 自動運転のレベルは5段階で定義されており、システムが常時すべての運転タスクを実施するのがレベル5です。現状ではその一つ下のレベル4の実証実験が行われている段階ですが、たとえば、デジタル広告の分野などではすでに、システムが出稿媒体や出稿のタイミング、広告料金などをすべて決めるレベル5が実用化されています。

 今後、さまざまな産業や業務分野でレベル5化が進んでいきます。属人的な知見で成立していた従来の業務をどうアルゴリズムに置き換え、自社はどのようなレベル5の世界を目指すのか。その問いの立て方が大事です。

 たとえば、当社は営業支援AIツール「ACES Meet」をリリースしました。これは商談参加者がどのタイミングでどれくらい話したか、参加者のリアクションや感情はどう変化したかをAIで解析することにより、優れた営業担当者の属人的なスキルやナレッジを誰もが共有できるようにするものです。商談中にどこで失注につながったのか、どの言葉が受注に結び付いたのかといったこともわかります。

 営業は属人化した知見で成り立っている業務の最たるものの一つだと思いますが、熟練者の知見をアルゴリズムに変換する、つまりAIトランスフォーメーションすることによって、営業のレベル5化という未来を描くことができます。

楢崎 ボトムアップ型の意思決定システムやウォーターフォール型で開発されたITシステムといった、広い意味での従来の経営システムは転換期を迎えていると感じており、ACESさんが展開されているような最新のAI技術を用いたソリューションを掛け合わせることで、新たな経営システムへの刷新が可能になると思います。

 AI×データが巻き起こしているゲームチェンジを、経営システムをアップデートする好機ととらえるべきです。ばらばらだったデータの価値をAIによって止揚することが、企業や産業の経営システムの基盤、OS(基本ソフト)になるはずです。

――そのような未来に向けて成長機会をとらえるために、経営者はどのような視座を持つべきでしょうか。

楢崎 時間という最大のアセットを無駄にしないことです。世界中のどんな企業も、誰にとっても1日は24時間しかありません。そのアセットを最大限有効活用するには、経営者もテクノロジーを正しく理解することが欠かせません。

 AIに象徴されるように、テクノロジーは日進月歩どころか、秒進分歩の速さで進化しています。それを知らないで経営するのは、為替相場の変動を見ないで貿易を行うようなものです。

 これからはAIと人が助け合い、ともに進化しながら、常にアップデートされた製品やサービスを世の中に提供していくことを目指すべきです。それができる企業は、社会により多くのウェルビーイングをもたらすことができると思います。

田村 まずは、トランスフォームした先にある未来像やビジョンをきちんと描くことが、経営者にとって重要な仕事です。ACESは、AIの専門家という立場から、AIを内包した将来の事業像を高い解像度で描くことをご支援します。

 また、そのビジョンを1日でも早く実現するために、小さなプロジェクトでもいいので早くスタートさせて、PDCAを素早く回していくことです。そのサイクルをいくつも回していけば、それが大きな渦となり、変革の実現につながるはずです。

SOMPO Light VortexとACESは、楽しみな組み合わせ

ーー SOMPO Light Vortex CEOの楢崎浩一氏とACES代表取締役の田村浩一郎氏をよく知る東京大学教授の松尾豊氏は、両社のパートナーシップからどんな価値が生まれてくるのかとても楽しみだと語る。

東京大学大学院 工学系研究科 人工物工学研究センター 教授
日本ディープラーニング協会 理事長
ACES 技術顧問
松尾 豊氏

 日本ではDXの機運が盛り上がっていますが、企業によって温度差があります。多くの企業はDXを始めたばかりか、十分な成果が上がっていない状況です。DXはデジタル技術を導入して終わりではなく、組織や文化、業務プロセスなどを含めて変えなくてはならないものがたくさんあります。ですから、容易なことではありません。

 大企業の場合は、屋台骨の既存事業でリスクを取って何かを大きく変えるのは難しく、新規事業にフォーカスを当てDXにどんどんトライするほうがやりやすい。そういう意味で、SOMPOホールディングス(HD)がデジタル事業の新会社としてSOMPO Light Vortex(SLV)を立ち上げたのは、合理的だと思います。

 画像処理や自然言語処理の分野でAIの精度が大きく向上したのは、ディープラーニングが急速に発展したからです。SOMPO HDグループは損保、生保、介護などの事業でリアルデータを大量に保有しており、ディープラーニングの適用範囲が幅広い。ですから、SLVと(松尾研究室発のAIスタートアップである)ACESとのパートナーシップから、どんな価値が生まれてくるのかとても楽しみです。

 (SLVのCEO)楢崎さんとは以前から知り合いですが、日本のCDOとしてはトップランナーですし、ご自身が米シリコンバレーでスタートアップを経営した経験もある。ACESとしては理想的なパートナーですし、資本業務提携は今後の成長に向けたとてもいい機会だと思います。

 今後はあらゆる産業がデータドリブンになり、ソフトウェア産業に変わります。日本の大企業は長らく自前主義を貫いてきましたが、そうした産業構造の大転換を自社だけで乗り切ることはできません。デジタルやAIに強いエンジニアを大量に採用したり、短期間で育成したりすることは難しいので、スタートアップをうまく使って時間を早回しし、理想のビジョンに近づくべきです。

 その際にスタートアップを下請けのように使おうとすると長続きしませんし、成果も上がりません。スタートアップの経営者は夢や野望を持っているし、プライドもあります。それを理解したうえで、パートナーとしてともに変革に取り組むことです。

 大企業がスタートアップを選ぶ際は、単に優れた技術を持っているかどうかだけでなく、自社の事業ドメインに深く踏み込んで理解しているか、同じ船に乗って変革のゴールまでたどり着く決意があるかを見極めることが大事です。ACESはそうした条件を満たす、数少ないスタートアップの一つだと思います。

 豊富なリアルデータというアセットを持つ大企業グループと、優れた技術と深いドメイン知識を持つスタートアップが組んで、新規事業にチャレンジするSLVとACESのようなケースがもっと増えてくれば、日本のDXは大きく前進するはずです。

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